僕の名前は十兵衛・・11月5日生まれの4番目の息子です・・よろしくねっ。


by fumiyoo
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赤ちゃんは母親が生むのです・・助けてもらうのが産婦人科の先生。助産婦さんです。

出産の話 助産士さんがたいせつだということ。

私が妊娠したのは昭和52年(1977年)だった。28歳になっていました。
最初なので大きな病院が安心という事で関西労災病院の産婦人科へ行きました。総合病院で関西ではわりと有名でした。
 最初の診察で私は「手術の同意書にサインしてください」と言われました。何のことなのか分からず訊ねますと医者は「卵巣が腫れてます。摘出します。」と言いました。私は「赤ちゃんは如何なるのですか?」と訊ねると「今回は諦めてください」との事。エレベータが急降下した様な気分になりました。
 次の瞬間、待合室で待っている他の患者さんに私は話しかけました。「失礼ですが、今日は、何の診察ですか?お産ですか?」と。本当に失礼だったのですが4,5人の方と話しました。私が驚いたのは術後の診察の方が多くて、それも私同様「卵巣が腫れている」という理由での手術でした。
 私はオロオロする母に言いました「帰るよ。私は子供生む為に病院きたんや!、おかあちゃん他の病院行くわ、帰ろ」。母はオロオロしながら「そうやなぁ、ほか行こう・・」と言いました。
 二人は急いで帰りました。その足で実家の近くの「川口診療所」へ行きました。卵巣が腫れて手術しましょうと言われた事、体の状態、イロイロ話しました。小さな個人の産婦人科専門診療所。先生は一人。看護婦さんも4,5人ぐらい。受付は奥さんが時たま出てこられてた。
何処がいいのか分からないままに実家から5分・・と言う理由だけで最初は選びました。
 「ウーン、確かに腫れてるなぁ。でもホルモンの関係で腫れる事もあるんで、2,3日入院して様子見ましょうか?」「ハイ」何故かホッとできる先生の人柄でした。
 翌日「どうもないでしょう、このまま元気な赤ちゃん生んでください」そう言われ退院。
 勿論、その病院で産みました。最初の子は陣痛が10分おきに来るまで病院に来なくていいと言われ実家で旦那と待機していました。
 破水が先にきてしまったので慌てて病院へ、分娩室に入りましたが陣痛が微弱で23時間後に陣痛促進の点滴を受けました・・・2時間の点滴。分娩室でひとりでした、時たま看護婦さんが見に来てくれましたが「あぁ、まだやなぁ・・」といっては出て行きます。
 夕方近くに助産婦さんが来ました。私は破水を2回ほどした事をつげ、陣痛も微弱で長い事を告げました。助産婦さんは赤ちゃんの心音を私のお腹越しに聞いていました。
「うん、この子強い子やわ。しっかり心音打ってるお母さんがんばりなさい」
「がんばれ言われても、陣痛が・・こない。もう、しんどいです。お腹切ってください」。
「なに言うの、今から手術の機器洗って、用意してたら2時間はかかる、赤ちゃん弱ります。看護婦さん合図しますし、馬乗りになって抑えてください。私は赤ちゃん受け取ります。さぁお母さんがんばって・・1、2,3、ウー。1,2、3、ウー。
 ウーという度に人工的にいきむのです。看護婦さんが2人で交代になり私の体の上半身にまたがり溝内あたりをウーという掛け声の時に押すのです。
 「頭出てきたよ、お母さんがんばりなさい。赤ちゃんもがんばってる。それっーー!」 「あぁ、看護婦さん先生呼んで、生まれますかから・・」と助産婦さん。
私は“まな板の鯉”助産婦さんの掛け声どうりにがんばる以外ないのです。イタイもくそもない。早く生まないと赤ちゃんに負担かけてしまうのでは・・・それだけが心配でした。
 ペタッペタッと先生のスリッパの音。ドアが開く音。白衣がヒラッヒラッ・・と見えました。
「おー!生まれるぞー。もう少し一気にがんばれ・・」先生の声。
「吸引するからなぁ、さぁ。1、2、3がんばれー」
次の瞬間。スポッ。ピシャピシャとたたく音。
「オギヤーオギャー・・」
「おめでとうございます。男の子です。」
ホッとしました。あの音は赤ちゃんのお尻を叩いていた音だったんだ。
病室は母子同室なのですが半日だけは母親の体をきずかって赤ちゃんは新生児室です。病室に母と兄が入ってきました。直前までケンカしていた母でしたが目には“なみだ”が見えました。
 「おかあちゃん有難う。」自然に口から出ました。兄も喜んでいました「素直やなぁ、何時もそうやと良いのに・・元気な子やでぇ」二人はそれだけ言って帰っていきました。
肝心な旦那は出産が長引いたので陣痛の途中で仕事へ戻りました。仕事が終わるや跳んできてくれたのは言うまでもありません。


   
P.S
  最近の大病院も助産婦さん制度を受け入れ混合でしている所もあります。私の出産も助産婦さんの判断で無事生まれました。最後の出産時に医師が立ち会わないといけなかったのでしょう、最後の最後に先生を呼びました。30年近く前のお産なのでまだまだ、助産婦さんがいましたが常時いるのではなく、時間帯だった様に思います。
部屋も母子同室で出産後ベッドで授乳します。母親のベッドの脇に赤ちゃんのベッドがありました。初乳は抵抗力、免疫力を高めるので、絞って赤ちゃんに必ず飲ませます。ミルクは、そう言えば飲ませませんでした。自宅に帰ってからも授乳して、体重の増え方で母乳が足りているかどうか見るみたいなのですが、母乳は「掘れば湧き出てくる井戸」にたとえられるように根気よくやれば出てくるようになる・・・と教えられました。
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by fumiyoo | 2007-02-21 15:40