僕の名前は十兵衛・・11月5日生まれの4番目の息子です・・よろしくねっ。


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意思的楽観主義

「私らは今に溶け込んでいる未来を生きている」と言うテーマで大江健三郎さんが龍谷大学法学部40周年記念の企画のひとつとして講演会が行われた・・・らしい。
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私は残念にも聞き逃したのですが。京都新聞に高村ゆかりさんが後術談を書かれていた。↓

龍谷大学での講演の終盤で、大江さんは「意思的楽観主義」という言葉を引かれた。講演では直接言及されなかったが、フランスの哲学者アランが、1920年代半ばに書いた「幸福論」にある「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。」という言葉を背景にしたものだろう。苦しい場面に置かれた時に物事の悪い局面に目がいくのはある意味自然である。困難な場面において、その状況の積極的な面を見出すには、見いだそうとする意思が必要である。この苦境を変革し、乗り越えて、新たな状況、新たな未来を作り出すのだと言う意思である。
 アランが欧州に多大な戦禍をもたらした、第一次世界大戦を経た後にこの「意思的楽観主義」について書き、一貫して戦争とナチズムに抗する行動を起こしていることを鑑みれば、自分が直面している苦境がいかに厳しいものであっても、仮にこの苦境が自分の生きている間に終わらないものであっても、苦境に立ち向かう自らの行動が、この状況を乗り越え新たな状況を作り出すのだという歴史観、歴史の中の人間観を示すものといえないだろうか。
 現状を何となく甘受して過ごす事も、確固とした根拠もなく状況を楽観的に見る事も、その何れも「意思的楽観主義」で意図されたものではない。私達が「今」を以下に捉え、「今」をいかによりよく変えていけるか、その為に私達は何が出来るのか。過去から続き、未来につながる歴史をとらまえ、その歴史の中で私達がいかに生きるかを問う言葉である。

私は「意志的楽観主義」と言う言葉を知らなかったが
以前拙プログで載せた
川柳作家 時実新子さんの 
 「太郎を呼べば太郎がくる」
呼べば呼んだ人が来る。太郎さんを呼んで、花子さんは来ない。 だから、いいことを呼びなさい」
   太郎は幸福の代名詞なのだそう。 
                  代表作品「有夫恋」参照。

この、時実新子さんの川柳は「意思的楽観主義」とは少し離れてはいるが、そこに未来へ向かっての意思を読み取れば、何か似通ってはいませんか?
私だけでしょうか?「似てるなぁ・・」と思ったのは?
私は無意識に「好き・・」になっていた。
アランの「幸福論」なんて読んだことは無いのですが・・
誰かさんのプログで初めて知っただけでしたが・・
不思議・・以前から意識の中で感じていたものがあった気がします。

と、同時に大江さんの本を読んでみたくなりました。
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by fumiyoo | 2007-06-24 16:39