僕の名前は十兵衛・・11月5日生まれの4番目の息子です・・よろしくねっ。


by fumiyoo
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カテゴリ:モノポールの話( 13 )

高校野球とモノポール

高速道路の旅
昭和60年阪神タイガースが21年振りに優勝したその歳の4月27日(?)にモノポールはオープンしました。開店以来、目が回る忙しさでその頃は、忙しい日は1日に400人位の来店客がありました。そんな忙しいときに阪神が優勝試合をするもんだから、旦那はお店でパンを焼く合間を見ては二階の居間のテレビが気になってしかたありません・・・「打ったか?守ったか?いけるか?・・・勝ったか?」と忙しくお店の外にあるラセン階段を上っては降りて、降りては上りを繰り返しておりました。そんな懐かしい開店から今年で24年がたとうとしております。
今は、高校野球が始まれば旦那は母校平安高校をラジオの外側から応援しながらパンの製造に精を出しています。
 先日、「神奈川から来たんです・・・お店の写真撮って良いですか?」と2人の男の子を連れた御夫婦がお店に来られました。「わざわざ、モノポールへ?ですか?何処か来られたついでですね」と私は尋ねましたが、何やら笑われて、はっきりしません。まさかモノポールが有名(?)になったとはいえ、神奈川までは名前が届いていないだろう・・・??おかしいなぁ・・誰だろう?ひょっとして何かの本で、読まれたのか?とも思いながら、少しくたびれかけたモノポールの写真を撮りたいとおっしゃる・・・正体が分からないまま時間が過ぎていきました。
 彼らが帰った後で旦那が「テントの穴が気になるなぁ~~写真撮られたら写ってるで~来年、修理しようか?」と言い出しましたが「予算が・・・」よってまずは旦那が手仕事で直せる範囲はやってみようと思いました。
 去年からの小麦粉の値上げ、油の値上げで、パンに関わる材料は全てと言って良いくらい値上げになりました。そして、又4月から30パーセントの小麦粉の値上げです。それらの値上げを冷静に見ている旦那は「今は値上げは出来ん。我慢できるだけしてみよう・・」と我がモノポールは20年位此の方、値上げをしておりません。ホームページには少し高めに値段を書いていますが、お店はもっと安いのです、クロワッサンが53円なんて・・・信じられなーいとお客さんは言います。
 そんなこんなで、「やさしいパン屋さん」なのかもしれません。
ついでとはいえ、途中でインターを降りてのご来店でした。神奈川からのお客様。
「おいしい」と言って頂けただけで又、頑張ろうと思います。

有難うございます。何時でも宅配でお送りしますのでご注文宜しくお願いします・・ヘッヘッ(笑)

  
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by fumiyoo | 2008-03-29 14:55 | モノポールの話

京のやさしいパン屋さん

前々日に電話アリ・・「取材したいのですが?・・・」旦那様がお聞きになり私にフってくる。
「来るらしいで・・」
「何の本?」
「京都のやさしいパン屋さん」
「フーン」
良く分からないままに、その日が来た。
“インチキか?冗談か?”半信半疑の私。
電話が鳴る。「すいません、今ホテルオークラからそちらに向かってます。少し遅れますが必ず行きますのですいません・・」可愛い女の子の電話の声。
「時間は守って・・私これから、主婦業の仕事アルねん・・」
彼女に理解を求めるのは無理だろうが、少し時間が気になった私は強い口調で言い放った。
“別に、頼んだわけでもないんやから・・ホテルオークラ?がどないしたん?なんで遅れるン”と心の中でつぶやいた。
10分もたっただろうか、彼女達はきた。カメラマンらしい男の方は大きな機材を抱えて店に入ってきた。
“なんて、たいそうな撮影道具!”また、心のなかでつぶやいた。
小さな店に並ぶ大きな機材は何を意味してるのだろうか?
インタビューをする彼女は26歳。“下の息子と同じ歳だ”。
ツイツイ先ほどのイラダチも消えてダラッと甘くなりそうな私たち・・・質問によっては旦那が答えるがセンテンスが長い。彼女の頭の上にクエッショウンマーク?が何個も見えた。
私が簡略化して話す。彼女はほっとしてメモる。
カメラマンが彼女の要望通りに何枚かの切抜き用の写真を撮る。
ポイントはある程度誘導した。「やさしいパン屋さん」らしく・・・フッフ(笑)
1時間もいただろうか。ようやく終えて名刺を置いて帰って行った。
「本は6月に出ます。成美堂出版からです。又連絡します」


帰ってから名刺を見る・・トライアウトプロジェクト「結構大きそうな会社みたい・・・お父さん。」
「そうやなぁ、東京にも会社あるやろ」
「フーン」
成美堂の「京の優しいカフェ」この、バージョンでパン屋さんをするらしい。
情報の時代だからこその本。それがどれほどの人の目に付くかは疑問だが、24年というモノポールの歴史をやさしいと見てくれたのか、老夫婦(??)2人で細々とやっているのがやさしいと見えたのか、色んな雑誌社が取り上げているのが話題性があると思ったのか、定かではないが、彼女達は我が店にやってきた。
彼女の文才ひとつでどのようにも料理できるようにコメントしたつもりだが、彼女はモノポールを
どのように料理するのだろうか?楽しみである。
「京都のやさしいパン屋さん」は6月に出版される。
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チト恥ずかしいが私も仕事をしている写真を撮られてしまった。横顔はチト“やばい”が注文はつけられず、何枚か撮られた~~。小さな小さな写真になると思うのでわからんだろうが・・だんなは厨房で知らん顔。

乞うご期待!開幕までーー?
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by fumiyoo | 2008-03-07 23:59 | モノポールの話

シュトーレン・・・

パソコンの調子が悪かったので直しに出していました。予定どうり「高く」つきました。
リカバリーの後なので色々大変です。

1年の締めくくりの”シュトーレンの季節”も製造と言う意味では終わりを告げました。
毎年、店がどの方向へ行くのか"不安な船出”をし始めて、何年経ったでしょうか。
”不安な季節”をシュトーレンはいつも“ハッピーエンド”にしてくれます“。ハッピーエンド”は“来年も乗り越えよう・・”という意欲を駆り立ててくれます。

夫婦して、一抹の「幸せ」を感じる時期でもあります。

23年間、シュトーレンは作り続けていますが、世の中が不景気いっ色になり始めた頃から何故かシュトーレンは1年、1年注文が増えてきました。我々、小店舗の経営を励ましているかのように・・
毎年、小さな会社を経営されてる方が「東京」のお客様に“ご贈答”として送られたシュトーレン
そのAさんが「ドイツのシュトレンよりも美味しい」とお気に入りでお母様がアメリカに行かれたときも持っていかれたと聞きました。
「アメリカでも評判よかったよ!」と声をかけていただきました。このような“励ましの言葉”はどれほど、我々夫婦に影響したかは計り知れません。
「Aさんがいなければ止めてたかも知れん」と先日、旦那からもポツリと言葉が出ました。
注文してくださる数も多くて、毎年シュトーレンは生き延びてきました。
そして、昨年、今年と・・数が足りなくて、クリスマス時期には何人かのお客様にお断りしなければなりませんでした。

この場を借りて・・お礼を言いたいです。ありがとうございました。

来年も作れるだろうか・・・毎年そうやって新しい年を迎えます。
シュトーレンはモンポールのバロメーターのようです。

今年はプログで知り合った方もお店に来ていただいて、楽しい時間を過ごせました。
縁あってシュトーレンを手にしたあなた・・シュトーレンは「平和」が好きです。お心が怒っていてはシュトーレンは美味しくありません。どうかお心を・・・・・・
aamuiさんが言ってます「humiyooさん、笑う角には 福来る」と。

ほんとにそうですね、笑って過ごせたら人生は最高!!
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by fumiyoo | 2007-12-25 15:09 | モノポールの話
プログを初めて、9月で1年になりました。
右も左も分からない私を“危ないなぁ~”と思いながら、見ていてくださった皆さんへ感謝です。

写真がモトモト好きだったので、それを載せる事が面白かったものの、プログの性格上・・と言っても、これも最初はどう捉えて良いのか分からないままの「見切り発車」でした。
写真の加工の仕方・・例えば顔にモザイクを入れるとか・・も技術的に知らないまま“無用心”に載せた事もあり、自分的にはプログでお会いした人達をそれなりの「信頼感」で写真を載せていても、所詮プログは公のもの。誰が見てるかワカラン・・という用心の仕方も必要だったトキもあったように思い、今更ながら反省すること「山」の如しです。
迷惑をかけた方が、もしおられたら、この場をかりて「ごめんなさい。以後気をつけます」といいたいです。

私の、拙いプログへ来てくださった皆さん、有難うございます。
ある時は「もう、止めよう。」と思い
ある時は励まされ、ある時は「新しい世界」を見せてもらい、
ある時はためぐち言いながら、「笑い」がこみ上げてきたときもありました。
自分自身にはある意味「正体」を見せる事によって、書けない部分があるのが窮屈に思いながら、「正体」を隠さずにやってきたのはそれなりに自分自身に「規制」をかける意味もありました。

文章というものは「直接的な言い回し」以外に、自分自身の心を移すことは可能だと思ったからです。それを「可能」にしてみたいと言う願望があった事も理由のひとつとなりました。
何処までもクリスタル~~は無理ですが 例えば、お天気の話をして、宇宙を想像するような~そんな感覚が・・とってもイイカゲンな、そんな展開が出来たら、面白いなぁと思いつつ・・

私なりに節度を持ってやってきたと思っていますが、人間はそれぞれ考えが違うものです
言葉の行き違いで気分を悪くされた方がおられたら、この場をかりて・・「ごめんなさい」ともいいたいです。

お店のホームページがあって、このプログがある。・・筈でしたが、いつの間にかプログにばかり居続けました。
あなたとあなた、そう、そこのあなた達のプログの魅力に取り付かれていたのです。

この辺でプログ1年生から2年生になります。
もう少し、しまって行こうーー(野球やないねんで~)!と思いました
これからもmonopole同様、宜しくお願いします。

ここで、何故か、
業務連絡で~す。\(◎o◎)/!聞いて下さい
10月より食ぱん・菓子パンも宜しくお願いします。
 1000円より宅配します。
 製造に限度がありますので
 日程はmailでご連絡 お願いします。

  ★コメしてくださってる方々、“おまけ”あります。
        シュトーレン同様宜しくお願いします♪♪

詳しくは 手作りのパン  モノポールのホームページを見てください
★菓子パンのコーナー及び他の箇所も今だ未完成ですが、ボツボツやって行きますので宜しくお願いします

素敵なイラストは新米イラストレータのMOMさんに書いていただきました。
MOMさんには、多大なご協力を有難うございます。この場をお借りして今度は「ありがとう」と言いたいです。
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by fumiyoo | 2007-09-28 23:07 | モノポールの話

業務連絡で~す。

今、友人から電話。何時もの自分勝手な電話の人です。
「こんにちわ、如何してる?」
「如何って、何時も仕事。今は眠たいし、夕飯の準備もあるし」
「今月、月曜連休やろう!月曜空いてる?」
「休みねぇ・・あっ、今月は月曜日お店するーって旦那言ってたの。連休2回も続くんでお休みは火曜日になったわ」
「なーんや!そやったら、会えないなぁ・・私世田谷行ってきてん、加藤さんと再会してね・・」
彼女の如何でもいい話が続く・・・続く・・
はよっ終わらんかいなぁと思う。
だいたい話し終わったのか、用件が済んだのかと思った矢先にピ~ンポンパ~ンとチャイムの音が彼女の家のほうから聞こえる。
「私、定年待たずに学校辞めることにしてん、もうしんどいわ!」
「あらっ、そう。」
また、ピンポンパンとチャイムの音。
「誰かきはったわ。今度又連絡するわ。電話切るね」
「うん、じゃあ、また」。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上なんです。-ーー
お客様各位へ

9月16日(日曜日)・・・営業
   17日(月曜日)・・・・営業します
ただし、18日(火曜日)は月曜日の代休になります。

9月23日(日曜日)・・・営業
  24日(月曜日)・・・営業します
ただし25日(火曜日)は月曜日の代休になります。
              

                          モノポール店主

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  新米イラストレータのMOMさんに書いていただきました
 ありがとん!。ホームページでも使わせていただきますワン!
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by fumiyoo | 2007-09-08 16:30 | モノポールの話

丸坊主50円

Kさんは夫婦二人とお姑さんとの3人暮らしでした。Kさんは腎臓が悪くて週3回透析の為に病院へ行く。
行きかえりにお店によっては世間話をして帰って行く。
子供のいない彼女は家で縫い物の内職をしながら、お姑さんを世話していた。彼女は病気の為に食事制限を厳しくしていましたが、お姑さんはもう時期90歳にもなろうかと言うのに食欲が旺盛で何時も“カツサンド”をお姑さんの為に買っていく。

何日かKさんは来なかった。
来られたある日、買い物をするKさん「もう、カツサンドはいらんわ。」と言う。お姑さんが亡くなったんだ。

ある日、Kさんのご主人が買い物へ来た。
「初めてのお買いもの」といった感じだった。
母親と女房にかしずかれていたおじさんは買い物などした事がなかったようだ。
最初はおぼつかない買いもの風景だったおじさんもダンダン買い物を楽しむようになった。
「おばはんが病院やから仕方ないやろう・・」と照れ笑いしながら雑談も出来るようになっていった。

最近ではおばさんよりもおじさんが毎日やってくる。
時間帯によってはウチの旦那とお喋りしながら帰っていく。
旦那が休憩を取っている時は「お父さんは?・・」と聞く。
「今は 休憩です。」と私が言う。
何となく淋しそうに「ふーん」と言って帰っていく。

今日は珍しく私も旦那も居た。おじさんは嬉しそうに苦笑いしながら
「暑いから、帽子ぬいでん。今日は直射日光はないよって・・」
「これ、いいでー、これっ!」と旦那は悪戯小僧のように笑いながら頭に巻いたタオルを指差した。
おじさんは下を向いて笑っていた。

昭和27年に岐阜から京都へ就職の為にやってきて京都に居ついたと言うおじさんは小奇麗でチョットした「おしゃれさん」でした。
「お父さん、あんたみたいな作業着、着てたら頭の鉢巻きも似合うけど、おじさんはおしゃれだから、駄目やん。なぁ、おじさん、嫌やなぁ?」と私が言う。
「そうか!なるほど、俺ぐらい、汚れてんと、似合わんか。」
\(^o^)/顔を見合わせて3人で笑った。

「頭スッキリしてんなぁ、丸坊主でっか」と旦那が聞く。
「丸坊主ちゃうで、ちゃんと散髪してんやで・・」
確かに2分か5分ぐらい、微かに髪の毛は残っていた。
「昔、俺らは兄妹多かったから順番に座らされて親父にバリカンで刈られたもんや。たん~まに散髪屋へ行く事があったけど、子供料金で丸坊主50円やったなぁ・・」と旦那。
「そうやなぁ、ワシが昭和27年に京都へ来て散髪行った時、大人料金で120円やったで。」
「やっぱり、そうか、そうやったなぁ・・」
他愛ない話を誇らしげに言う旦那がいる。
他愛ない話を喜んでいるおじさんがいる。

男同士の井戸端会議は~~~~~と続いたのであります。

――――こうしてモノポールの一日が終わるのです――――


     
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by fumiyoo | 2007-08-28 16:07 | モノポールの話
バスガス爆発って言える?
この国はどこかおかしい。・・・そうだと思います。

お店をしていると、お金の使い方で世の中の動きが見えるときがあります。
何年か前までは、毎朝パンを買いに来てた方が年金の減額、保険料の値上げ、娘夫婦・息子夫婦のリストラによる子供達の生活の変化、病院代の値上げ、健康の事・・等々で2日に一回が3日に一回になり、淋しそうに店先で話しながら帰っていきます。それらの事が今、年金生活者のほとんどの方を圧迫しています。。
特に国民年金だけの方は酷い状況です。私の知り合いで大工さんがいました。
彼は15歳から60歳まで大工をしていましたが60歳で定年を迎えました。腕に技術があっても生かされない時代。工務店が不景気で何時の間にやら、大工さん達をサラリーマン化して60歳定年をひかざるを得なくなったのでしょう。
彼は仕事を失うと同時に、癌になり、病院生活に入りました。頼みの綱の年金は40年かけて5万円足らず、食べていけるはずもなく、彼の奥さんは最初、貯金を切り崩して生活していました。そんな生活が2年も続いたでしょうか、癌は一応の回復をみせ、ホッと安心した家族は彼に「何でもいいから仕事を・・」と言いました。しかし職人肌の彼は大工に拘り、他の仕事は考えられないようでした。
仕事の事で家族間、特に夫婦間でいがみ合うようになりました。奥さんも働いた事がなかったので必死だったのです。でもその“必死”が今度は彼を追い詰めたようでした。
彼は「欝状態」になり、摂食障害になりました。奥さんは如何にか見つけた“掃除の仕事”を始めましたが、そんな矢先彼は63歳で亡くなりました。国からは年金受け取り消滅と共にお香典が10万円きただけです。彼はガリガリになりましたが最後までかなづちやのこぎりを離そうとせず自宅を手直ししていました。よく、トントン、ギィギィという音を聞いたものです。
でも奥さんは、反面ホッとしたようでした。奥さんはパートで得られる7万円余りの生活費と預貯金で今は一人暮らしです。大阪にいる娘さんが時たま来られていますが、ぼやく相手もいなくなり、一人暮らしが本格的に始まるのはこれからです。
寒い、厳しい季節は老人だけではありません。これからは我々にもやって来るのです。

10年前、主人の友人で税理士事務所を経営している方と話したとき、「これからは、我々は姥捨て山行きやで、国は何にも考えてない。税金取るだけとって、後は自己責任やいいよるで・・・」と言ってた言葉が鮮明によみがえりました。
「ほんまになるん?ほんまかいなぁ・・・」とこの国のしていることにもう一度自問自答しては我を振り返っています。
確かに、この国は今、おかしいです。
若い人が希望をもって所帯を持てるようにしてほしい。
この国を支えてきた人達が安心して生活できるようにしてほしい。
それが最低限度の国の責務だと思う。

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by fumiyoo | 2007-02-19 13:13 | モノポールの話

あんぱんの思い出・・

我が家がパン屋だったことを忘れてました。
パンにまつわる“おもいで”ひとつ,聞いてください。

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                   よく話をしたモノポールのレジの前。

 彼はほとんど毎日決まった時間にやってきた。週に4,5回。
毎回、お目当ては「あんぱん」。あんぱんばかりを3,4個も買う。
「こんなに食べれるん?」「ばあさんもたべるからなぁ」。決まったような会話が続いた。

「おばあさん元気?」ある日訊ねてみた。「ばあさん、あかんわ。頭ボケてきてなぁ」と彼は呟いた。それでも、パンの数は変わらなく買っていく。“まだ、食べられるぐらい元気なんだ”と心の中で思った。

次の日も彼は「あんぱん」を買いに来た。「ばあさん入院したわ。」「そう、おじいさんこれから何でもやらんとあかんねぇ。」「わしか~?わしは今までも洗濯も買い物もしてる。大丈夫やでぇ」と言って帰っていった。ただひとりになったのが何処か淋しげだった。

そうして、おばあさんのいない生活が始まっていった。それでも「あんぱん」の数は変わらない。「おじいさん、あんぱん好きやねぇ。」「うん、面倒な時はこれが飯や。あんたとこのはうまいからなぁ。」「ありがとう。」パン屋冥利につきる一瞬でした。

ある日、思い切って聞いてみた「おじいさん、息子さんいないの?」「いるよ、大阪に。あいつワシに来い来い良いよんやけれどなぁ、ワシはまだ元気やさかい 行かん言うてるねん」「そう、でも不安でしょう?」思い切って聞いてみた。「大丈夫、大丈夫。月に何度かは来てくれてる。孫連れてなぁ。でもあいつも定年したし、歳いってるしなぁ。」そうなんだ、来てはるんだ。少しホッとしたのは私の方だった。

それからも彼は買い物のついでに何時も寄っては世間話をして帰ったいった。
彼は「田中さん」と言った。私たち夫婦の間では「田中さん、今日も来はったか?」は「今日も元気だったんだ」という“確認の合図”のように交わされた。

ある日、気づいてみれば、もうしばらく「田中さん」の顔を見ていない。忙しさに忘れかけていたぐらい長い間、田中さんは顔を見せなかった。

ある日、ひょっこりやって来た。「どうしてたん、田中さん」思わず言葉が先に出てしまった。「う~ん、風邪ひいてたんや。起きられんかってなぁ」。何時も小奇麗にしている田中さんのズボンが汚れていた。シャツも薄汚れて、ボタンも互い違いになっていた。大きな買い物袋も大分前から持てなくて、キャリーで引いていたが、それもなかった。それでも彼は何時ものように「あんぱん」を買って帰っていった。「何だか悪そう、息子さんに来てもらってる?」「うん、あいつも心配して夜中きよったわ。ワハハ」と小さな声で笑った。

それから、一月も経っただろうか、田中さんの息子さんと孫さんが店に来た。「田中です。初めまして、親父からは聞いてました。イロイロお世話になりました。今日は親父に“あんぱん”かって行きます。」「おじいさん、如何されたんですか?」「亡くなりまして、棺にこの“あんぱん”いれてやろうと思いまして・・」「・・・」何も言葉が出なかった。
次の瞬間、「それは大変でしたねぇ、でもおじいさん、しあわせやったと思いますわ」
精一杯の“おわかれの言葉”でした。

見事に彼は自力で出来る限りを生き抜いて息子に看取られて逝った。「田中さんらしいなぁ」。
あんぱんと田中さん・・・忘れられない夫婦の思いが此処にひとつ。

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田中さんの好きだったモノポールのあんぱん
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by fumiyoo | 2007-02-12 15:12 | モノポールの話

私の朝・・


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へたな写真ですみません(寒いので車の中から撮りました)夜ではありません。出勤時間・・早朝です。今日は雪・・・京都はとってもさむ~い!です。

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・・・・車の暖房がきき始めた頃に到着です。お店は暖かい・・・
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by fumiyoo | 2007-01-07 16:38 | モノポールの話
今日のお昼休みは自宅に帰れずズートお店でした。シュトーレンおいこみで~す。
お陰様で去年より多くのシュトーレンがお嫁に行きそうで~~す。旦那はヘロヘロになってきたので、私めは、たいして役に立ちませんが、お手伝いしてました。
 ご近所のラビットさん(たこ焼屋さん)でたまちゃんとダックと三人で何時もの井戸端会議しながらの昼ごはん・・油うって、また油うりに今度はケイズサプリメントハウスへ。ここのお店のルルちゃんとルルちゃんの息子さんにご対面。なんとも可愛い生後1ヶ月の坊ちゃんです。写真もとらせて貰い、ここでも又井戸端会議・・そこへ修学院から友人がシュトーレンとりにやって来ました。又、女がふたり加わってケイズさんの可愛い小物を見ながら、ベチャクチャと。
友人はケイズさんのお店にあった帽子が気に入ったようで“若すぎないかしらね、歳より・・・・” “歳相応にしてたら、夢ないやん”と私。結局お買い上げ。
帽子とシュトーレンをもって雨の中を彼女は北の方へ帰っていきました。

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↑ルルちゃん・・初めてのお産でした。若いママですがよく頑張りました。

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↑ルルちゃんと息子・・・親子愛・・・・何してんだい?ママ眠いよ・・
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↑ルルちゃんの息子(生後一月・・もう歩けるそうです)
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by fumiyoo | 2006-12-09 20:44 | モノポールの話