僕の名前は十兵衛・・11月5日生まれの4番目の息子です・・よろしくねっ。


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カテゴリ:昭和( 1 )

私の三丁目の昭和

解凍

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此方のプログの方の写真です。おかりしました。

コレは懐かしい氷屋さん!!
幼い頃は、氷屋さんが、冷蔵庫へ氷を入れてくれるのが楽しみだった。
威勢の良い兄ちゃんが荷台の大きな自転車に氷を縄でくくりつけてやってくる。
一貫目、二貫目単位で氷に割れる筋が入っていて、その筋へノコギリを入れる。そして、一貫目、二貫目単位で買う。氷 入れるまではタダの木製の箱.
それが生き返る。なくてはならない家庭の冷蔵庫と化すのです。
氷が解けるまでの間は立派な木製の冷蔵庫。
洗濯板にタライ、茶カスに座敷ボウキ、母の真っ白な割烹着姿。
畳のお部屋で(昔は全て畳の部屋)大きなお膳で食事。
母が漬けた何種類かのぬか漬けが大きな皿に盛ってあり、それが主役のような食卓。
家族の顔を見て、オカズを見てご飯を入れてあるおひつに目をやる。「おかわりは大丈夫か?皆の分はあるんだろうかとチラッと見る。
冬にはそのおひつをわら製の蓋つき籠へ入れて保温したものです。(何とか言ったんですが忘れたの)
大切に大切にご飯は扱われた
お茶碗についた米粒も、おひつに付いた米粒もお茶をかけきれいにさらわないと母は烈火のごとく叱った。
オカズの文句なんてご法度。母が怒り狂うのは分かっていたので子供ながら気を使った。
病気になって、熱が出ると「たまごが一個」でた。
病気の私には卵かけご飯が何よりの滋養だった。
そんな「オカズの歴史」にも、我々子供達に文句は言わせなかった母。
母は誰よりも強かった。

茶カスも捨てずに掃除の時は大活躍!
暑い夏の日の冷風は扇風機。
たまに見る氷を口にするのは、暑い夏の何よりの清涼感。

そんな私の三丁目の昭和。
人々が皆笑って、貧乏できた日々。
「モノ」が全て我々の生活の大切な糧だった。
使い捨てられるモノなどなかった。
人と人の関わりも尊厳と尊敬があったように思う。

ましてや!人が使い捨てられる時代が来ようとは誰が予期できたであろうか!!
こんな時代に誰がした~~♪(昭和の歌)
我々だけは魂を売り飛ばしたくはないものだ!
心の中に「三丁目の昭和」は生きている!
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by fumiyoo | 2007-07-27 17:06 | 昭和