僕の名前は十兵衛・・11月5日生まれの4番目の息子です・・よろしくねっ。


by fumiyoo
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

<   2006年 10月 ( 15 )   > この月の画像一覧

モノポールの朝・・・

お店は早朝からアルファステーションが流れている・・
後ろではパンを焼く窯の扉がパタンと開く、開くとパンが焼きあがる、窯の前のほうにある180×90センチの大きなまな板を使って私はサンドイッチを作る。
今日は土曜日なので“懐かしのポプラー”が流れている・・
“うん、誰やったかなぁ、可愛い・・ウーン”旦那が言う。
”ウーン、そう、そう、あの、フランスの人、金髪で、えーと”名前がなかなか出てこない・・完全に老化であるこの頃の会話はこんな具合になってきている2人です。
“あっ、シルビーバルタンや” “そうそう、可愛い歌声やなぁ” 
”あの頃はイタリア人とか、フランス人の歌手多かったなぁ” 
“そうや、フランスのミージカル・・シェルーブールの雨傘・・カトリーヌ・ドヌーブとかもいたやん”かすかに思い出す2人でした。
手も動かさんとお客さんが“まだかいなぁ”いわはるわ・・と我に返り、焼きたてのパンとサンドイッチを店に並べていく。
そんな風なモノポールの朝。
店内には私の可愛い人形やレトロなおもちゃが飾られています。此処の子達もシュトーレンの出番の時は奥の座敷で又の出番を待つ事になる。
もうすこしね・・
d0088332_14374658.jpgd0088332_14381910.jpg
d0088332_14392415.jpg
d0088332_14452525.jpg

[PR]
by fumiyoo | 2006-10-28 14:43 | モノポールの話
秋の味覚 と 秋の空
村人生活@スペインのカソルラさんがシュトーレンの事を書かれていたので・・続きといっては何ですが我がモノポールのシュトーレンを私の知る限りでしかないですが・・ここで紹介させて頂きます。
シュトーレンのできるまで・・
1 まず、ドライフルーツ・干しぶどう・チェリー・オレンジピール・クルミ・アーモンドなどをラム酒に漬け込みます・・・1週間ぐらい。
2 その次は生地作りです。漬け込んだフルーツを入れてミキシングします。
3 その次はアーモンドフィーリングをつくります。・・これがマジパンと言いますが、アーモンドを粉にして練り上げ棒状に細長くつくります。(配合は職人しか知りませんので・・)
4 その次は成型です。イエス様が寝ていたと言うゆりかごの形に生地を成型してゆきます
がその、真ん中にマジパンを入れてから成型します。(勿論、手作りです。)
5 その次は釜入れです。1時間かけて焼き上げていきます。重いので時間がかかります。(普通菓子パンだと10分前後で焼きあがりますし、食パンでも35~40分位ですので。) 
6 焼きあがるまでにバターを大きなボールに溶かしておきます。焼きあがったシュトーレンをお風呂に入れるようにバターの中に入れて、さっと出します。200度からある釜から出たてのシュトーレンを煮立ったバターの中に素手で入れます。(これは職人1人でします)私は釜から出た時に白い紙をひいた鉄板で待っていて、それで、風呂上りの赤ちゃんを受け取るように大切に受け取ります。そして、バターのお風呂に入ったシュトーレンを又待って受け取ります。
7 そして、赤ちゃんにパウダーを付けるようにグラニュー糖をまんべんなくまぶします。
8 そして、今度は完全にさまします・・そして完全に落ち着いたシュトーレンにクリスマスの雪をかけます・・粉糖です。・・これは雪を表しています。
こうして、シュトーレンは出来上がります。
9 後はラップして(二重に)・・・私の出番・・ラッピングです。ひとつ・ひとつお嫁に出す様に真心こめて
 赤いリボンで十字にかけます。それはイエスさまの十字架を表しています

d0088332_1438811.jpg
真ん中の茶色い棒状のものがマジパンです。(アーモンドフィーリング)


d0088332_14403552.jpg
  左が700gのシュトーレン・右が400gのシュトーレン  
 
     シュトーレンの歴史(職人・書)

シュトーレンは
十六世紀 中世 ドイツに生まれたクリスマス用のリッチなイースト菓子で 殊にドイツではクリスマスEVEから数えて四週間目の日曜日=降臨祭から食べ始め イヴの夜に家族で最後の一切れを食べて クリスマスを迎えるようです。

シュトーレンのやや長方形の形は キリスト降誕の時に初めて寝かされた“ゆりかご”を・・・真っ白な粉糖は“雪”を・・・リボンの十字は“十字架”を表しています。

当店のシュトーレンは マジパン(アーモンドフィリング)を包み込んだ玄人好みの本格的なシュトーレンで尚且つ ひと月ぐらい長期保存が利きます。

シュトーレンの食べ頃は 焼き立てよりも粉糖のしみ込んだ一週間目~二週間目位が もっとも美味しく食べられます。

シュトーレンは 1センチ位の厚さにスライスして お召し上がりください。残りは切口をしっりラップしておいて下さい。

では 古き良き時代・中世ドイツの温かさ(味覚)を充分味わってみて下さい。 


追伸・・1ヶ月以上たってから食べた事もありますがGooでした。日持ちします焼き立てよりも2~3週間目の方が熟成してきて美味しいです。
    


クリスマスだけでなく、お正月のお茶うけにも・・ちょっとした贈り物・お歳暮等のお使い物にお使いください・・お値段はご来店くださる方が少しだけお安いです。 

詳しいことは 手作りのパン モノポールのホームページへ。               

                                           


                                    
 
[PR]
by fumiyoo | 2006-10-26 14:28 | シュトーレン

倚りかからず

今日は今年2月17日に亡くなった茨木のり子さんの詩を
紹介しましょう(享年79歳)
 私が出会ったのは今年の夏、彼女の事はそれまで知りませんでしたが
 力強い嘘の無いストレートな詩に感銘を受けました。

       自分の感受性くらい  (彼女が51歳の時の詩です)

   ぱさぱさに乾いてゆく心を
   ひとのせいにするな
   みずから水やりを怠っておいて
    
   気難しくなってきたのを
   友人のせいにするな
   しなやかさを失ったのはどちらなのか

   苛立つのを
   近親のせいにはするな
   なにもかも下手だったのはわたくし

   初心消えかかるのを
   暮らしのせいにはするな
   そもそもが ひよわな志にすぎなかった

   駄目な事の一切を
   時代のせいにはするな
   わずかに光る尊厳の放棄

   自分の感受性くらい
   自分で守れ
   ばかものよ


           倚りかからず  (茨木さんが73歳の時の詩です)

   もはや
   できあいの思想には倚りかかりたくない
   もはや
   できあいの宗教には倚りかかりたくない
   もはや
   できあいの学問には倚りかかりたくない
   もはや
   いかなる権威にも倚りかかりたくない
   ながく生きて
   心底学んだのはそれぐらい
   じぶんの耳目
   じぶんの2本の足のみで立っていて
   なにか不都合のことやある
   
   倚りかかるとすれば
   それは
   椅子の背もたれだけ
[PR]
by fumiyoo | 2006-10-24 14:05

あの、笑顔が・・・

日本シリーズ第2戦目、やりましたね,新庄、体ごとホームベースへ。尽かさず喜びの表情・
可愛いねぇ 私は日本ハムのファンではありませんが新庄を昔から見てきたものとしてはやっぱり“新庄よくここまでやったね、たいしたもんや”と言う思いがあってしらぬまに日本ハム応援していました。これが甲子園やったらなぁと・・中日では盛り上がらん関西です。
まだ、子供達が小学生の頃は家族4人で野球をしたりしたなぁと思い出しました。その後、上の子は中学でバレー・下の子は硬式野球を始めましたが旦那が忙しいので母親の私がキャチボールの相手をしたり、バレーボールの練習の相手になったり、私はその時、もうすでに40は超えていました。
硬式ボールをキャッチャとして座って取るのです。早い・早いボールたまに取り損ねて太股に直撃・息子が気のすむまでやってやろうと痛いのを我慢する。跡で診ると青あざが・・でしたね。バレーも最初は私のほうがうまかったのですが・・あっという間に追い抜かれて私はお払い箱。後に残ったのは突き指で太くなった指と筋肉痛でした。スキーも最初は教えましたボーゲンからリフトの乗り方まで。でも2年目には抜かれていました。慎重に気分よく滑っている私の横を“おかあさーん、お先にー”と言って私のスキー板スレスレをS字カーブを描きながらコブをジャンプして駆け滑っていきました。
あの頃の笑顔を私は忘れられない。だからどんなに憎まれ口を聞こうが、どんな事が起ころうが乗り越えてこれたと思う。
あの頃は毎年夏は海へ、冬は信州へスキーへとお店の一番忙しかった時期でしたが旦那の友達の家族とふた家族でよく出かけました・・7人とゲン(うちの愛犬)。
上の息子が高校2年の夏の海でのことでした“お母さん、何時まで俺、一緒に旅行いかなあかんの・おれ、マザコン言われそうやわ!”の一言で家族旅行はなくなりました。
彼らは彼らの世界へ旅立ったのです。親離れの第一歩だったのでしょう・・私は体当たりで子育てをしてきた様に思います。今は大人になってしまいましたが、
これからも母の体当たりの気持ちは形を変えて存在します。親子はズート親子です。
面白いもんですね、子供って・・

d0088332_10202132.jpg
  甲子園にて・・
d0088332_10213496.jpg
[PR]
by fumiyoo | 2006-10-23 09:44
世間の人が朝起きて家族に“おはよう”を言う、慌しく身支度をし朝ごはんを家族で囲む・・時間を気にしながら母親はそれぞれに気をつかってコマゴマと立ち動き“いってらっしい”と声をかける・・・・私の“夢の朝”。
朝は朝刊を配る新聞屋さんと“おはよう”を言うぐらいパン屋の朝は早くて忙しい、そんな私の朝,でもほっとできる時間がある。早朝の仕事を一区切り付けたあとの私1人の朝食・・治平さんが焼いた“焼きたてのパン”コーヒーとヨーグルトを添えて毎日変わらないパンの時間。ゆっくりテレビを見ながら食べるパンの味・・・うまい!
すっかり1人での朝食に慣れてしまった。今頃息子たちは起きて仕事なんだろうなぁと同じ事を毎日思う朝。店と自宅が離れているのが何とも歯がゆいな~と思う瞬間でもある。息子たちが1人で何でもしてしまうのもこの状況ではかえって有難いのかも・・・でも入院の時ぐらいは親に言ってよね、まったく・・飛んでも八分歩いて十分・・なんだから・・

d0088332_19385350.jpg

モノポールのパンで朝を迎えて・・・

d0088332_16524864.jpg
[PR]
by fumiyoo | 2006-10-20 14:20 | モノポールの話
ロシア、チェチェン問題を深く取り上げていたジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤさんが自宅アパートで撃たれて死亡した。此処に又正義を貫こうとした人が殺されました。ロシアという新体制になってから240にん位(京都新聞)のジャーナリストが殺されているとか・・石油がでてロシアも少し豊かになったかと思っていたが、まだまだ言論の自由がないんやなぁと思いました。
d0088332_14382711.jpg


アンナさんのご冥福を心よりお祈りします。享年48歳。                    
天国で馬鹿な人間を見守っていてください!

私達はプログで好きな事書けるけれど、やっぱ平和が長い事続いているためかほんと“のんき”に生活させてもらっているよね。北朝鮮が核実験したとか世間では騒いでいるけれど
北が本気で撃つ気なら、日本か韓国だと言うのにそんなに危機感感じてない・・・まさか、そんな、末期的な出来事が起こるはずが無いと心のどこかで思っている、思っていませんか?
これって幸福な事なんでしょか?思考能力がめでたく・のん気になってしまったのか、もっと何か考えなければならないんでしょうか?
日本は非核宣言を最後まで守ってほしい!“広島”“長崎”を伝えていけるのは日本だけだから・・次の時代の人に平和を守る事の大切さを伝えていきたい。それは私たち戦後生まれの、戦争を知らない子供達に負わされた永遠の宿題だと思います。あなたはどう?思われますか?
[PR]
by fumiyoo | 2006-10-19 14:59
風邪気味で体がだるいので今日はクリームシチューさっさっと出来るので簡単お手軽料理ですが、我が家の旦那は“白いおかずはおかずや無い!白い食べ物なんて・・・”と訳で我が家ではモウ長い事クリームシチューを食べた事がない。でも今日はやってみたかった、でも白くするのは抵抗があったのでハイシライスの素を入れて茶色くした。色は茶色になったけれど味はクリームの味。けったいやなぁ・・・
d0088332_16374348.jpg


[PR]
by fumiyoo | 2006-10-18 16:38 | 食事

さんぽ・・

今日はゴミの日、月曜日、お店の定休日なので私たちが唯一朝をいっ緒に迎える事のできる日。子供達へ“いってらっしゃい”が言える日。
今日は家の近くを旦那と散歩・・岩田山・小倉山・愛宕山を見ながら桂川の土手を歩く。
d0088332_11494143.jpg
                 歩いてみたいあの人と・・
d0088332_1150312.jpg

    渡月橋・・時代劇によく使われる。
d0088332_1233489.jpg    
d0088332_11512596.jpg
       世界遺産の天竜寺
d0088332_11534753.jpg
                      天子様が足を地面に付けないよう作られた渡り廊下
d0088332_11544166.jpg

     宝厳院
d0088332_11565125.jpg










 宝厳院のお庭・・もうすぐ紅葉が・・
d0088332_13423038.jpg


松尾さん・・私たちの氏神(平安京の基礎を築いた「秦氏」が尊崇した氏神)
d0088332_11571610.jpg

桜が咲く頃は・・こんなんです。この船は今は無い(料理屋さんが廃業されたので)
d0088332_1226219.jpg
d0088332_12265164.jpg

               此処もよく時代劇につかわれる・・
d0088332_12271086.jpg

[PR]
by fumiyoo | 2006-10-16 12:00
プログをやり始めて、昔の事を振り返る事が多くなった。
小学生の頃よく姉に本屋に連れて行かれた。姉は毎回何冊も本を買った。本棚を真剣に見てる姉の横顔をで見ながら私も真似して本を買った。“あぁ無常”“三銃士”それが私と本との出会いだった。9歳の時でした。その後、1人でも本屋に行くようになり、一緒に住んでいても姉は姉の、私は私の時間をもつ事が多くなった。20歳過ぎたころ寺山修二に出合った。。“書を捨て、町へ出よ”若い感性の私には忘れられない言葉の一つになった。私の片足は現実の世界にはなかった、理屈の・・本の世界に残されたままに思春期を迎えていたのです。そこに何かしら、地に足の着かぬままの生活があった。何かが違う・・・私は本から遠ざかった。
それからは生活中心の本となり、子供中心の本になっていった。
久しぶりに本棚を開けてみた。サガンがいた、谷川俊太郎、相田みつお、灰谷健次郎がいた。
1983年発行の灰谷さんのその当時の1年1組の子供の詩を今日は紹介したい・・

 ぼくだけほっとかれたんや
             
            あおやまたかし

がっこうからうちへかえったら
だれもおらへんねん
あたらしいおとうちゃんも
ぼくのおかあちゃんもにいちゃんも
それにあかちゃんも
みんなでていってしもたんや
あかちゃんのおしめやら
あかちゃんのふくやら
うちのにもつがなんにもあれへん
ぼくだけほってひっこしてしもたんや
ぼくだけほっとかれたんや

ばんにおばあちゃんがかえってきた
おじいちゃんもかえってきた
おかあちゃんが
「たかしだけおいとく」
とおばあちゃんにいうてでていったんやて
おかあちゃんがふくしからでたおかね
みんなもっていってしもた
そやからぼくのきゅうしょくのおかね
はらわれへんいうて
おばあちゃんないとった
おじいちゃんもおこっとった

あたらしいおとうちゃん
ぼくきらいやねん
いっこもかわいがってくれへん
おにいちゃんだけケンタッキーへ
つれていって
フライドチキンたべさせるねん
ぼく つれていってくれへん
ぼく あかちゃんようあそんだったんやで
だっこもしたった
おんぶもしたったんや
ぼくのかおみたら
じっきにわらうねんで
よみせでこうたカウンタックのおもちゃ
みせたら くれいうねん
てにもたしたら くちにいれるねん
あかんいうてとりあげたら
わあーんいうてなくねんで d0088332_17475887.jpg
[PR]
by fumiyoo | 2006-10-15 17:32

お急ぎパターン・・・

今日は昼間の休憩時間に夕食の用意が出来ずにいたので慌てて店から帰りました。下の息子が帰っていました。さぁやるぞ!お腹を空かせているのは勿論、疲れてもいるので母はモウダッシュ~~40cmはあったさわらを2枚におろしてもらいました“おっちゃん、どうして食べたらおいしい?”魚屋さんゆわく”塩焼きしても、煮付けてもうまいで”魚屋さんがこう言った時は”煮付け”に限る、さわらと言う魚は鮮度が落ちるのが早い(坂安さんからの情報)のでよほど新鮮でないと焼き魚にしてもおいしくなかろうと思い、魚屋さんの言葉でさわらの鮮度を探ったと言うわけで結局煮魚に決定。後は具(殆ど野菜)たくさんの豚汁・それにがんもと人参のあっさり煮もう一品はお店のお客さんから頂いたずいきの佃煮山椒もありでナカナカのお袋の味 3,40分で夕食はいっちょ上がり、ほっと一息ついて“ご飯ですよ~~”“あーおー”息子の返事・・・・・

d0088332_22482224.jpgお客さんから頂いたずいきと山椒とチリメンジャコの佃煮
[PR]
by fumiyoo | 2006-10-11 22:59 | 食事