僕の名前は十兵衛・・11月5日生まれの4番目の息子です・・よろしくねっ。


by fumiyoo
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

<   2006年 11月 ( 20 )   > この月の画像一覧

9月初旬に申し込んでいた、小鹿田焼きのすり鉢が、やっと昨日来た。嬉しい!!
関西4チャンネルの“ちちんぷいぷい”2時から6時ごろまで、ゆったりした、ボケーとした、フンワリした角さん司会で、関西弁丸出しの情報番組での紹介で知った。
  辰巳芳子さんプロデュース    何しろ使いやすいそうです。すりこぎが鉢に吸い付くような・・

国の記念保存文化財です。大分県の片田舎で作られています。


  
d0088332_16523640.jpg

d0088332_16525740.jpg
d0088332_16532149.jpg

[PR]
by fumiyoo | 2006-11-29 16:56 | 食事
何なんですか、あの“氷点”・・最初はそれでも、涙腺弱いので泣きました。途中で旦那が帰ってきて食事をしながら横でイヤイヤ見ていましたが、「何やこれ、韓国ドラマみたいやなぁ」と的確なお言葉・・うん。といいながら私は意地でも最後まで見ようと思って見ていましたが、途中で大声を上げて笑ってしまいました。
 陽子が真に慕っているのは“お兄さん”だと告白した、次の次のシーンでは左足を失った彼に“私は、あなたの杖になります。一生”・・・どっちやねん。大声で笑いました。旦那も“舌の根も乾かんうちに、よう言いよんね。””だるいなぁ・・ええ加減にせえや!・・もう寝る”旦那は呆れて2階へ上がりました。

こんなミスキャスト・・脚本書いた人はきっと原作も読まずに書いたのでしょう。急遽作ったドラマって感じでしたね。
こんな長い時間テレビを見たのは何年ぶりかです。あぁ損した。もっと他の事しとけばよかった。・・・ほんと残念。

風待ちさんが怒っているのがよく解ります。ほんと酷いとしか言いようがない。誰だ!テレビ見るように進めたのは???
[PR]
by fumiyoo | 2006-11-27 08:46

今日の晩御飯・・・

今日は日曜日、今週は出かけることも多くて少し疲れた。テストも終わり、披露宴も終わり、友もハワイへ帰っていった。今、雨がふっている・・・ひとりで家にいる。私だけの時間。
今日は9時から“氷点”がある。長いけれどセイロベンケイさんや皆さんが見ていそうだしやっぱ見よう。
 今日は晩御飯ももう出来ている。


かぶらと人参をベーコンで味付け、鳥がらのスープのもとを入れる、後方のスープがそれです。

ほうれんそうを電子レンジでゆがいてスダチをかけ食べる。

手前の大きな皿にはホタテと生シャケをバターでいためて(塩、コショウ、山椒をしておく)野菜のアンをかける。野菜は日によって違うが今日はチンゲンサイ、人参、たまねぎ、白菜、エリンギを炒めてから薄めのコンソメ味のスープを入れて塩コショウ濃い口醤油で味をしめる。とろみをつけるために片栗粉を水で溶いていれる。

d0088332_203743100.jpg

[PR]
by fumiyoo | 2006-11-26 20:47 | 食事

嵐山・・・宝嚴院。

灰谷健次郎さんが亡くなられました。又彼の本を読んでみたい!

先日、嵐山の紅葉を楽しみました。お近くの方は阪急京都線(大阪からだと)で桂まで特急で。桂で乗り換え嵐山線です。上桂・松尾・嵐山・3つしか駅はありません。嵐山で下車、渡月橋を渡って、すぐに左へ、桂川沿いに山に向かって歩きます。“宝嚴院”へという看板があるので・・そちらへd0088332_21194473.jpg帰りは天竜寺隣の“豆腐会席”がイチオシです。早い目に言っておかないと、待つことになります。
d0088332_2125395.jpg

                             豆腐料理店

宝嚴院と天竜寺の紅葉の写真です。
d0088332_1321492.jpg


d0088332_13503253.jpg
d0088332_21421814.jpg
d0088332_21424112.jpg
d0088332_2143834.jpg
d0088332_21445616.jpg
d0088332_21453196.jpg
d0088332_21461275.jpg
d0088332_2146528.jpg

d0088332_21551632.jpg

d0088332_220344.jpg

d0088332_13145659.jpg

 
宝嚴院の苔です。d0088332_2213281.jpg
[PR]
by fumiyoo | 2006-11-24 21:49 | き・せ・つ
今日はお昼に、年に一度ハワイから里帰りをする友達と嵐山で待ち合わせをしていました。お店からまず自宅に戻りパソコンのスイッチを入れました。そこにはAちゃんからのmailがありました。熱いものがこみ上げてきて返信したかったのですが時間がなくて私は急いで駅へ行きました。電車が行ったところでした。駅で待っている間に目頭がぬれてくるのを感じました。「旦那とケンカしたみたいに思われるわ」と一瞬思い、こらえるのに電車を待つ時間がちょうどよかった。

“エキスポランド”  忘れるもんですか、私はあの日、Aちゃんに話そうと覚悟を決めて息子やK君たちを連れて遊びに行ったんだから・・
あなたはまだ14歳でした。悩みました多感な時にこんな事が受け止められるだろうか?
傷つかないだろうか?私が言える立場なのだろうか?・・なるべく平らな言葉で自然に話そう・・お父さんの立場も少しは解ってほしい・・私たちは我々の立場でしかモノが言えない。誤解しないだろうか、憎まれないだろうか・・色々考えました。

お父さん達夫婦が話し合う為にあなた方2人をおばちゃん家に預けに来た時、Kは幼かったので、“お菓子買いに行こうか?”と言うとすぐに車から降りましたが
あなたは降りようとしなかった。お父さんが“Aちゃん、降りなさい”と言う、N子さんが“Aちゃん、降りて・・離しなさい・・”と泣きながら言っていました。あなたは“いやや!いやや!お母さんと一緒にいる、いやや、いやや、・・”と泣き叫んでお母さんの体から手を離そうとしませんでした。
私はあなたのその体を持って車から降ろしたのです。その、重みはずっと感じてきました。

だからこそ、エキスポランドで話そうと思いました。真実はひとつではありません。でも、周りの責任ある大人たちがお茶を濁すかのように、何も言わないのは卑怯だと思いました。
何時か、知る時が来るのなら、私の口から言おう、その方が傷口が早く癒されるのでは・・と考えました。男の子のKには過酷過ぎました。あなたなら、女の立場で少しは聞き入れられるだろうと、辛い現実でしたが、話そうと思いました。

私の出来る範囲はたいした事ではありません。あなた方を思う余りにお父さんとはよく、ケンカしました、おっちゃんとも言い争いになりました。

おっちゃんはお父さんに“お前は女の奴と付き合うのは良いけれど、決して結婚はもうするな”解ったな、と言わんばかりに、あなた方を引き取った時からクギを刺していました。
解るでしょう?おっちゃんが決め付けて言い渡した時の、お父さんの顔。真剣な男同士の話。おばちゃんはそこまで言ってもいいの?とさえ思いましたが、おっちゃんは真剣でした。
よく、おっちゃんは言っていました。「淋しい思いはさせるけれど、N子さんに付いて行った方が、もっと不幸になる」と。他人に気を使う生活より、片親になるけれどあいつはあいつ(ネズミさんのこと)で精一杯やってるつもりなんやし、あれでいいんや、それぞれの家庭の形や。ある意味、運命なんやから・・と。

私たちはそんな風にあなた達の事を心配したり、考えたのです。
お父さんは余り良い点数が取れる親ではないかもしれませんが、精一杯あなた達を
あの不器用さで大切に思っているんだと思います。

あなたが一歩づつ大人になれば昔の事も笑って話せる日が来ると思います。そんな風にたくましい大人になっていってほしいです。

PS:  おばちゃん流フライドチキンでよければいつでも教えますよ!まずは美味しい醤油を使って・・・
[PR]
by fumiyoo | 2006-11-23 20:40
おばちゃんのプログのコメントにたくさん書いたんやけど入らなかったので、メールで遅らせてもらいました。本当はプログを読んではる人たちにも読んでもらいたかったんやけど・・とりあえずコピーしてそのままメールします。

披露宴のお礼かたがた、シュトーレンを買いにおばちゃんとおっちゃんに会いに行こうと思うのですが旦那さんが「俺も一緒に行く!!」と言って聞かず、旦那さんの仕事の帰りが遅くてなかなか会いにいけないのです。すっかりおばちゃんのことお気に入り(笑)
おばちゃん覚えてるかな?私が中学生の頃。お父さんに反抗ばかりしていた、それこそ「お母さんがいないのはお父さんのせいや!」とわめいていた頃。見かねたおばちゃんは二人が別れた時のことをエキスポランドのベンチで話してくれました。私は泣きそうになりながら ぐっとこらえていたのを覚えています。それからも私の反抗期は長いこと続きましたが、おばちゃんの話を聞いたその日以来、お母さんの話をすることはなくなりなした。私の発した言葉にすごく後悔したから・・・
おばちゃんは一緒に市場に行ったり料理を教えてくれたりしました。母親の味を知らない私が作る料理の中にはおばちゃんから教えてもらったことがたくさん生かされています。
母親のように接してくれたおばちゃんを私も母のように思い、でも本当は実母ではないという寂しさを感じたこともありました。
披露宴の親族での写真撮影の時、親戚の少ない私の家族として写ってくれてありがとね。そしてこのプログにもたくさんの文章をありがとう。コメントをくだっさている方々も本当にありがとうございます。
このプログにおばちゃんの息子さんたちの結婚式がのる日を楽しみにしています。最近はめっきりしゃべっていないけれど とっても優しい男の子達です。もう男の子ではなく立派な男の人になっていると思いますが・・素敵なお嫁さんもらいはることでしょう。
結婚て、面倒くさかったけれど終わってみると人のありがたさがよくわかって、本当にいいもんですね。感動・感動・感動!です。
p.s おばちゃん、また今度だいぶ前に教えてもらったフライドチキンのレシピ、また教えてちょうだい^^/
[PR]
by fumiyoo | 2006-11-23 13:12
11月19日「京都着物文化検定」を受検すべく8月末に申し込んでいたのに、Aちゃんの披露宴と重なる事を後で知るなり、私の勉学意欲は何処へやら・・朝からお店で働いて、それから・・慌てて深草の竜大(試験場)へ行き、その足で慌ててAちゃんの式場へ・・。考えただけでも疲れてしまう。
 近場のそれも一定の場所しかウロウロしない私にとって“京阪・深草”と聞いただけで、何処なんだろう・・何時間かかるんだろう・・全くの方向音痴なので何度か行っていても頭の中で立体的に地図が書けない。難儀な人なのです。
 その上に“着物の着付け・・荷物”と来れば、試験だけでも大変なのに・・エエッイめんどくさい試験は止めよう!!何となくそう思って勉強もせずにいた。旦那が“折角やから、受けてこい”その一言を聞いたのはもう試験一週間前ぐらいだった様に思う。アァどっちみち受けてもたいした点は取れまい。まぁ行くだけ行くか。そう思って大きな荷物を抱えて竜大へ。
 大きなキレイな校舎が立ち並ぶ、気が引き締まる、何十年かぶりの“試験”である。
大学生の受講室何十人入っていたか定かでないが一つおきに席が設けられている。90分の試験時間・集中した・面白かった。こんないい環境で今の学生は勉強できるのに何故しない?大学来るまでにエネルギーを使い果たしているのか?
 もう一度、戻れるものなら、学生になって勉強したい!時間がほしい!!この年齢では今の学生さんの何倍、いや何倍かけても無理かもしれない。ただ入る知識だけで良い、無理なくやりたい・・・そんな気持ちが沸いてきて現実の生活の時間のなさにガックリしている私です。
 試験結果は来年1月中旬。悪くても嘆かない・・余り勉強できなかったんだもん。Aちゃんの披露宴の事で頭がいっぱいになっていたから・・・

d0088332_16222079.jpg

d0088332_16223749.jpg

[PR]
by fumiyoo | 2006-11-22 16:19

私がOLをしていた時、高校時代の友人Kから“旅行いかへん”と誘われ言われるがままに行き先も任せて2人で行ったのが信州のとある“山”でした。
彼女の同僚の友人が山小屋をやっていると聞いて、何だか面白そうと旅行好きな私は淡い期待を抱いて“山”へやって来ました。
期待通りの山小屋でした。水道水はなく、水は近くの川から引いていました。電気も勿論ありません、ランプが代わりをしていました、燃料はプロパンガスが台所で少し使われていました、これが一番の文明を感じさせるものでした。お風呂も薪で、トイレも肥を担いで土に埋めるという作業をしていました。暖房は石油ストーブがあり、9月だというのにもう夜にはストーブをつけていたそんな“山”での生活は必然的に人間が“素”になれる様な雰囲気があり、“自由”という空気の中で私は薪をわっている彼を見つめていました。
そんな私の女心なんて知る由もなく彼はマージャン友達がいる隣の“山小屋”へ行ったきりでした。
私たちが泊まった“山小屋”には彼の大学時代の友人が何人か関西から来ていました。その友人の1人がAちゃんの後にお父さんになるネズミさん(大学時代のニックネーム)でした。
そう、ネズミさんとは彼に出会ったときにもう出会っていたのです。
昭和48年(1973年)の9月の出来事でした。

d0088332_15522224.jpg



それから、色んな事があり、薪をわっていた彼と私は昭和52年(1977年)に結婚しました。結婚前の甘―い時代にもネズミさんは何時も泊まりにきて私達と一緒にいました。結婚式の日も狭いアパートの我が家に“新婚旅行見送るし・・泊まらして”と言って泊まりました。
結婚して子供が出来ても“Jさーん、子供とばっかり遊んでんと僕も遊んで~~”と言っては新婚の家庭に泊まりにきました。

そんなある日 ネズミさんが女の人と一緒に来ました。それからは彼らのデートが京都で遅くなると彼女から電話がかかって来ました。“すいません、夜分。泊まらせてやっていただけませんか?”丁寧な申し出でした。家が大阪のネズミさんは帰るに帰れず我が家に泊まったのでした。彼女はまだ学生だったので家に帰りました。色んな事があり・・
そんな2人が結婚したのは昭和53年だったように思う。

そして翌年の昭和54年の10月Aちゃんは京都のとある病院で生まれました。
私がAちゃんに最初に出会ったのはその病院の病室でした。
旦那と2人で生まれたと聞いてすぐに駆けつけたのでした。N子さんはベッドの横で眠っているAちゃんを愛おしそうに見つめていました。ネズミさんも横でつたって、戸惑ったようにニヤッと笑っていました。
N子さんとは女同士という事で旦那の愚痴を聞いた時代もあり、一緒にお茶した事もありましたが、ある日、京都から大阪に引っ越していきました。マンションを買ったのです。

それから何年かして私たちはお店をオープンさせました。彼らも私たちも共に4人家族になっていました。
オープンしたその年1985年の夏に久しぶりに“山”へ行く事になりネズミさん達を誘いました・・彼は子供2人を連れてやってきました。N子さんは来ませんでした。“山、好きやないねん”とネズミさんはN子さんが来ない訳を話しました。
Aちゃんが6歳になっていませんでした。弟は勿論3歳ぐらいでした。

彼らが離婚したのはそれから1年足らずのある日でした。N子さんも子供を引き取ろうと
2人の子供を連れて出ましたが、結局話し合って、彼に任せることになりました。
彼ら2人の事はそれぞれに言い分があり、2人にしか解らない事なのですが、私達夫婦はネズミさんの身内感覚で心配し関係していきました。

Aちゃん、おめでとう!辛かった時代もあったね、淋しかった時代もあった。恨んだ時代もあったでしょう、でも結婚式の最後のスピーチで “お母さんがいないのはお父さんのせいや!と言って困らせた事もあったけれど、男手ひとりで此処まで育ててくれて有難う!・・・・”と列席者の前で、お父さんに嫁に行く娘として感謝の気持ちを述べましたね。

おばちゃんは自分に言われている様にも感じました。今も思い出すと涙がでてきます。
ネズミさんとおっちゃんとおばちゃんと3人で帰る道々“良かったなぁ、ほっとしたわ、わしも責任の一旦はあるさかいなぁ、”とおっちゃんが呟きました。“ほんと、親の気持ちやわ”とおばちゃんが言いました。ネズミさんはうんうんと頷いていました。
“大丈夫!Aちゃんはもう、お母さんの事は吹っ切れてるよ、今度は自分の幸福の為にまっしぐらよ、そんな昔の事に何時までも構ってられないよ、今の自分の生活の方が重くなってくるはずだから、大丈夫よAちゃんは。K君もお姉ちゃんが良いスピーチしてくれたから良い風に影響されるんちゃう?後はK君だけやね。”とおばちゃんは何時もの一人合点をして話しました。

Aちゃん、おめでとう!K君にも良いお手本になってね。
家に帰ってから息子達にも結婚式の話をしました。
下の息子Uに“Aちゃん、おめでとう!”と言うといてと伝言されました。
上の子Tも無愛想ながら“おめでとう!!”と言っていました。

2人で歩いていってください。お父さんはお母さんと縁がなかったけれど、マネしないでね。
縁を絆にして深めるのもあなた方2人の度量しだいだから
[PR]
by fumiyoo | 2006-11-21 16:43
11月19日は京都文化検定のテストがあり、aちゃんの披露宴(おばちゃんの思い・11月1日にプロの))の日でもあり、書くことは山ほどあり、aちゃんからも“おばちゃん、プログに出してもいいよ”と写真もOKもらっていますので書きたい気持ちはあれど・・もう少し余韻を楽しみたい。
家の息子とは違いaちゃんは私がプログを書くのを“楽しんでるんだなぁ”という目で見てくれています。何となく嬉しい~~
では、余韻を楽しんでから又写真もアップしますね。
乞うご期待あれ!!!   
  
     
                                     つ・づ・く・・・
[PR]
by fumiyoo | 2006-11-20 20:09

野菜たち・・

我が家は男家族なので食事の量も半端ではない・・・とおもう。
昔から気をつけている事は野菜のとり方である。
女の子のように上品に生野菜のサラダだけではとても追いつかない。
経済的で尚且つ野菜が大量に取れるような献立が自然と多くなっていった。
五目炊き込みご飯・皿うどん(野菜だらけにする)・八宝菜・五目中華麺(適当に野菜だらけにする)・野菜炒め・豚汁(冷蔵庫にある野菜を殆ど入れる)・五目うどん・・・・
上げればきりがないが、食べ盛りが何時までも続く我が家の息子達の胃を満足させる為には
“量”がいる。その“量”の為にも野菜は欠かせない。

今日はスーパーでその野菜を買った。・・・それだけのは・な・し・です。
d0088332_13222825.jpg


手前のアサリは下の息子の注文で“アサリの味噌汁”にする。
すべてで何と1328円でした。アサリが少し高かったけれどアサリをのぞけば1000円ほどである。皿うどんも安かったので買いました。
今日は”アサリの味噌汁と野菜だらけの皿うどん(少し豚肉も入れますが)と白ごはん
どんなおかずの時も“ご飯”はいるのが我が家流でしょうか?

ps:  みずなはお漬物にします。アサズケです塩で漬けるだけ・・
      昆布があれば入れてもいいかも・・

先日もミンチ肉850gに野菜をたっぷり入れてロールキャベツ18個位(キャベツ1個分)
作り、おかずとして出したのですが、下の息子曰く“なんか他にも、ないノン・・・”ロールキャベツがおかずにならん様子・・・・まいった!参った!で・し・た・・そんなに料理に使う時間ないワイ言いたかったです。
[PR]
by fumiyoo | 2006-11-18 13:29 | 食事