僕の名前は十兵衛・・11月5日生まれの4番目の息子です・・よろしくねっ。


by fumiyoo
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今日は、稲盛和夫さんの京都における業績や色々な福祉事業への寄付等・・・つらつらと書き綴りたかったのですが疲れているので今日はパスします。

日常の夕食のおかずの話・・・つまらないけどそれも貴重な一日の柱なのです。
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ツバメの雛がかえった頃・・たぶん。5月25日ごろ。親鳥が雛をみつめています。
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ごもく豆腐ミンチあげ。   5月27日
焼き豆腐をつぶす。(豆腐の中の具は何でも良い。エビでも貝柱でも・・・)
ひじきの煮物の残りと鶏のミンチをうなぎのタレで(無ければ、砂糖と醤油)甘辛くいためて豆腐に混ぜる。長芋のすったのとコーンスターチでからめる。
団子状にして油であげる・・・はずでしたが、豆腐を熱湯に入れてしっかり水切りするのと、長芋の量を間違えて・・・なんせ、慌てていたので「たこ焼きのつぶれてのん」みたいになりました。でも味はマズマズなので食べました。
横に添えてあるのはお客さんから頂いた、「スナップエンドウ」。
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回鍋肉もどき・・・ミンチボールで。5月28日。
何故かコウスケを思い出したので彼が好きだったオカズを作りました。
昨日の“カタキ”をミンチボールにこめて・・・
又もやミンチボールを揚げました(今度は失敗しないぞ~!)
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ツバメの雛が我が愛車に糞をかけていた。雛が大きくなったことの知らせ。
3匹は居そう・・もっと居るかも・・・5月29日
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アジの南蛮漬け。いわしのショウガ入り煮付け。 5月29日。
純和風・・・小あじ、ひともり200円。いわし、ひともり300円。
高血圧にも、高脂血症にも良い・・・でも息子達には気の毒なおかず・・・
チマサンチュやレタスでいわしを巻いて食べます・・・韓国風かも。
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by fumiyoo | 2007-05-29 20:47 | 食事

本村洋さんの言葉

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母の日に送られてきたカード・・・・旦那の友人から(Aちゃんのお父さんです)
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十兵衛も「ありがとう」かなぁ。



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昨日は暑くて食欲も落ちる一日でした・・そんな日は簡単料理。
今日はサブーイ雨の日。
給料日なので息子達は外食かも・・・と思いながら「ひじき」を炊こうと思う。

雨の日の散歩は「暑い日」と同じく億劫になる。
外は雨、ツバメが卵を産んだのかツバメのお母さんは巣から出ない。
お父さんが何やら巣に運んでいる・・

裏に居るはずの十兵衛が家にいた。
息子が雨なので入れたようだ・・

こんな、なんでもない日常が重なって「人生」になる。

でも本村洋さんの「人生」はこんな何でもない事の積み重ねを壊されてしまった。
当事18歳の青年に!

本村さんの事件に対する真摯な姿勢、偽りのない「言葉」。
彼の言葉に心を動かされた人は少なくはないと思う。
「言葉」が生きていて正確で賢明で何よりも心からの偽りのない「言葉」だ。
彼も人生をかけていると私は感じます。
最初は、若い奥様と可愛い娘さんを思っての行動だったと思う、しかし

今はもっと大きな波紋を我々に投げかけてはいませんか?
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by fumiyoo | 2007-05-25 14:49
川柳作家、時実新子『夫婦恋』より。

「小さな机を部屋の片隅をおいて、
裁縫でも読書でも絵描きでもやる。
夫がゴルフへ行こうと、子供が友達と仲良くしようと、
少しも寂しくないと思う自分の世界を作るのだ。」
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川柳作家 時実新子さん 2007年3月10日肺がんで死去、
78歳  とある

 「太郎を呼べば太郎がくる」
「呼べば呼んだ人が来る。
太郎さんを呼んで、花子さんは来ない。 だから、いいことを呼びなさい」

  太郎は幸福の代名詞なのだそう。 
代表作品「有夫恋」参照。

女性の自立がこんな細やかな出来事で成立するとすれば、社会に出なくても自立は可能。
自立した自分を持つことがふたりで居る事の楽しさも倍増するように思う。自分の机が持ちたくて長年小さな家で苦労した私。
今はパソコンの前で色んな事を思い巡らし「マイ机」を持ち楽しんでいます。

彼のお友達の「あなた」陛〇殿・・・先日は迷惑かけました。
「仕切り直し」を楽しみにしています。
私の机での「楽しみ」であり、私だけの世界なのかもしれません。

又、お会いできる日を楽しみにしています。
存在感のある奥様や可愛いお嬢様にも宜しくお伝え下さい。

たまにはコメント書いてみては?大歓迎!!です。
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by fumiyoo | 2007-05-23 15:30

お救い長屋

“お救い長屋”  お疲れさま
 江戸時代、困窮する市民の為に建てられて「お救い長屋」と呼ばれる住居がある。
お助け小屋、あるいはお救い小屋とも言われる。
そのお救い長屋と伝えられる古い民家が京都市中京区小川通御池上ルにある。
蛤御門の変(1864年)で焼け出された人の為の幕末版「仮設住宅」だ。

民家がお救い小屋だったと結論付ける古文書などはない。
しかし関西大学の浜野潔教授(日本経済史)が下古城町から約二百M南の西堂町の残る
宗門改張を調べたところ、蛤御門の変直後の1865年に「御救借家」と表記された家が九軒あった。
「御」と言う字があることから、公的機関が町人の為に建てたもので、下古城町のお救い長屋も同様と考えられる。
さらに、「今の仮設住宅であり、すぐに取り壊したと思っていたが、長期間の使用に耐えられるような家を建てていたなら、違った見方が出来て面白い」とも言う。

お救い長屋と伝えられる民家は平屋で、屋根の中ほどが盛り上がった「むくり屋根」が特徴的だ。
「昔も仮設住宅があったという事が興味深い」
近く取り壊される予定で、
地元の人は「お救い長屋」の存在を知ってほしいと話す。

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  「お救い長屋」 近く取り壊し 中京、蛤御門の変 被災者“仮設住宅” (14:27)

京都新聞 5月22日夕刊より←を書いてて思い出す「誕生日」やん。私の、元気で現役何よりです。
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by fumiyoo | 2007-05-22 21:01

パッチギを見た!

井筒和幸監督の「パッチギ!」をテレビで見た。
見た・・と言っても途中からになってしまったのがとても残念でした。

花粉症で鼻がグズグズな上に映画で涙が止まらずに・・テッシュ片手に鼻と口を抑えて見ていた。
あの頃・・レオポンで象徴される昭和35,6年頃の臭いが良く出ている。
場所も京都。殴られるシーンは新京極か寺町か。乱闘シーンは出町柳らしい鴨川の三角州辺りらしい(旦那に聞きました)
あの「臭い」や!
思わずのめり込んで見てしまう。
途中でケンカで殴り殺されるパッチギ・・私は直視できずにチャンネルを代えていた。

その後は、泣くわ、鼻水はたれるわ、顔中クチャクチャになりながら、
私達が知らない世界が何と多い事かと思わされる。そして、情けなくて又泣けてくる。
何で、こん風になってしまうん
彼ら、パッチギは何処にぶつけて良いか分からない鬱憤をケンカにもってゆく。
あの頃に生きていた人間はパッチギだけでなく日本の若者もぶつけていた。
学生運動と云うかたちで・・

井筒監督はパッチギと日本の若者のそれぞれの「ぶつかり」をうまくダブらせて時代を描いている。

流れる音楽も「めっちゃナツメロ」に、今はなってしまったあの頃の時代に流行っていた音楽。
同年代の私には懐かしい、体の中に染み込んだ音楽だった。

運命に流されて人は生きていかなくてはならなかった時代を懸命に描いてる人間臭さがたまらなく良かった。

国が違う、感覚が違う、思いが違う、価値観が違う、それぞれ違って当たり前。
そこに人同士の「歩み寄り」さえあれば「言葉」を交わして、ひとつ
又、「言葉」を交わしてひとつ・・・・
「目」をみて、ひとつ・・・づつと少しでも分かり合えないのだろうか?

皆さんは見られましたか?
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              イムジン川を合唱するふたり

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   悲しくってやりきれない   フォーククルセダーズ

胸にしみる空のかがやき 今日も遠くながめ 涙を流す
悲しくて悲しくて とてもやりきれない
このやるせないモヤモヤを だれかに告げようか

白い雲は流れ流れて 今日も夢はもつれ わびしくゆれる
悲しくて悲しくて とてもやりきれない
この限りないむなしさの 救いはあるだろうか

深い森のみどりにだかれ 今日も風の唄に しみじみ嘆く
悲しくて悲しくて とてもやりきれない
このもえたぎる苦しさは 明日もつづくのか

(作詞:サトウハチロー/作曲:加藤和彦)


   
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リムジン川(韓国の表記ではイムジン川)は漢字で臨津江と書き、北朝鮮に源を発し、韓国と北朝鮮の国境(軍事境界線)に沿って流れ、韓国一の大河である漢江(ハンガン)と合流して黄海に注いでいます。この川をテーマに歌った「イムジン川」という歌があります。


        イムジン川

イムジン川 水清く とうとうと流る
 水鳥 自由に 群がり 飛び交うよ
 我が祖国 南の地 想いははるか
 イムジン川 水清く とうとうと流る

 北の大地から 南の空へ
 飛び行く鳥よ 自由の使者よ
 誰が祖国を 二つに 分けてしまったの
 分けてしまったの

 イムジン川 空遠く 虹よかかっておくれ
 河よ 想いを 伝えておくれ
 ふるさとを いつまでも 忘れはしない
 イムジン川 水清く とうとうと流る




この歌は韓国の歌と思われがちですが、実は原曲は北朝鮮の歌で、作詞はパク セヨン(朴 世永)、作曲はコ ジョンハン(高 宗漢)です。しかしこの曲は韓国ではほとんど知られていないようです。日本では1968年、加藤和彦率いるフォーク クルセーダーズによって録音されましたが、わずか数日間ラジオで流されただけで、発売直前になって発売が中止されました。
現在は発売されています。

この歌をザ フォーク クルセダーズに教えたのは日本語歌詞作詞者の松山 猛氏です。エッセイストの彼がこのイムジン川の存在を知ったのは約40年前です。彼が中学生時代を過ごした京都では、在日コリアンの生徒と日本人の生徒の争いが絶えませんでした。どこで会っても喧嘩、何があっても喧嘩という中で、業を煮やした松山氏は、京都朝鮮中高級学校に乗り込んで入きました。そして、校内で松山氏は偶然、生徒の合唱する「リムジン江」を聴いたのです。「イムジン川」との運命的な出会いでした。


1950年6月25日   朝鮮半島で戦争が始まった日だ。
              今から57年前。
              私達は知っていただろうか?

プログ歩き者を参照させて頂きました。
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by fumiyoo | 2007-05-19 00:02

カソルラさん来店

花粉症とは関係なかった私が、2,3日前から鼻はかゆくて、鼻水は出る。目もかゆくて美人も台無し・・というわけで化粧も出来なくて、大きなマスクをかけて目をしょぼつかせながら冴えない顔で私はmonopoleにいた。

「ふみよさん・・!」お客さんの1人が声をかけた。
「カソルラさん・・!」私は迷わず名前がでた。

「こんにちわ、来ちゃいました」
それから2人はお店でお喋り。。
お昼時は自宅に帰るので一緒に帰って十兵衛の散歩に付き合ってもらい・・
それからお昼を一緒に頂きました。
5時までは家事の為に自宅に帰るので それまでのひと時を散らかった我が自宅で過ごしました。
皆さん、くしゃみしなかったですか?
皆さんの噂話に花が咲いていました。言いたい放題。(フッ・フッ・アハハ)

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  おむかいにカソルラさん。間に1人鍋をはさんで・・
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  カソルラさんは湯豆腐。私は鶏鍋。
  京都風はお上品で育ち盛りの2人には少し足りなくてご飯・「おかわり~~!!」。
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一日早く「母の日」のカーネーショオン・カソルラさんの「おもいやり」。
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by fumiyoo | 2007-05-13 14:36 | 友達

幻のもろこ・・

最近の気温の変化は何なのでしょう?
昨日は31度からあってお昼に十兵衛の散歩に出かけないといけない私にはフラフラになりそうなお天気でしたが今日は打って変わって「サブーいです」3月中旬位の気温だそうで昨日よりは10度は低い。風邪ひかぬように気をつけて・・という言葉がお客さんとの間で交わさる。

お天気も「へんてこりん」だけど、琵琶湖も「へんてこりん」。
琵琶湖本来の“ほんもろこ”が希少価値になってきている。ブラックバスの異常繁殖の為に生態系が「へんてこりん」になってきているのです。

“川魚屋”へ行くと何時も店先にならんでいた“ほんもろこ”でしたが最近はあまり見ない。
京料理屋をしている甥っ子に“ほんもろこ”を頂いた。
「幻のもろこやでぇ・・」と言っていた。
今年は3回しか入荷しなかったとかで、ブラックバスで楽しむ傍らで“ほんもろこ”が絶滅の危機に陥っています。

日本中、そんな状態の事は今や珍しくないぐらいはびこっている。

これらも、“グローバル化”の影響なのだろうか??
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佃煮になった“もろこ”・・・とても美味しく頂きました。何年ぶりだったろうか?
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by fumiyoo | 2007-05-10 14:30

帰って来たツバメ

1985年・昭和60年にmonopoleは開店した。
その次の年、お店の自動ドアーのすぐ上のテントの中にツバメの巣があった。
それから毎年ツバメは、お客さんの出入りするドアーの真上にやってきて、雛を生み、育てて夏が始まる頃には飛び立っていった。
10年が過ぎお店の内装をかえる時期がきていた。
テントも傷んできたので代える事になる。ツバメの巣も壊さなくてはならなくなった。
勿論彼らはまだ来てはいなかったが、今年も来る事は間違いなかった。
「かわいそう・・」  上目使いに巣をみながら通りすがりの子供達が言う。

内装が終わったがその年から彼らは来なくなった。
テントの骨組みから変えたので巣が造り難い構造になったからだと思った。
毎年上を見て眺めていたのに、淋しくなった。

それから間もなく自宅の方にツバメがきだした。
「あっ、巣を造ってる・・」
嬉しくて毎年待った。夫婦で何処からか土や麦わらのような物を運んできては巣を作る。
お母さんが卵を産むときお父さんはそばの電気メーターの上に止まってみている。
餌を運ぶ親の姿・・
餌をせがむ雛たち・・

ある年車で出ようとしたときガレージの床に卵が割れていた。
「あっ」と思い上を見た。巣が左半分壊されて卵が落とされていた。
「カラスだ!」
すぐに分かった。生ゴミをあさったついでに攻撃したんだ。最近生ゴミがよく荒らされていたんで気をつけないとと思っていた矢先だった。
親鳥は何度か巣の周りを飛び回りながら去っていった。
その年からツバメは来なくなった。
「やっぱりなぁ・・」そうつぶやく私だった。

あの攻撃された年から5年ぐらいはたったろうか、
朝、出勤しようと車のドアに手をかけようとした時、なにやら薄茶いろいものがドアに・・・
「なんだろう?あっ糞だ。ツベメの糞だ。」嬉しくて上を思わず見た。
親鳥がいつの間にか巣を完成させていた。あの壊れた巣がいつの間にか立派な一戸建てになっていた。
「来たんだ」
今年、ツバメがやってきました。
覚えていてくれたのか、あの年から生ゴミは家にいる時しか出さないようにしてきた。そのせいかカラスは来なくなっていた。

卵を生んでいるのかどうか分からないがこれから雛がかえるとにぎやかになる。

ツバメの来る家には「幸運が運ばれてくる」と聞く。
「幸運をお運んできてくれたの?」
縁起を担ぐ私には何よりの嬉しい訪問者です。
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最初に自宅に来たときのツバメ親子

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帰って来たツバメ ・・・・・・・・今日、初めてデジカメで撮りました。
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by fumiyoo | 2007-05-08 15:15 | き・せ・つ

のん気な猫

ネコって自分勝手で警戒心が強くて独りよがりで甘え上手・・・だと思いませんか?
でも、こんなネコちゃんもいたんですよ・・・・今までのネコの概念をくつがえされたような写真。
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まっくわあるどhttp://mackworld.exblog.jp/i4さんからの写真で~す。(借り物の借り物)
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by fumiyoo | 2007-05-07 01:31

それぞれの老後・・

「松本喜三郎一家物語・・・おじいちゃんの台所」フジテレビ。

5月4日みどりの日。祝日なのに仕事、でも夜は久方に面白い番組を見ることが出来た。
「よく働いてるねっ。」って誰かからの“ご褒美”なのか、大好きな三国連太郎がおじいさん役である。隣のおばあさん役が由紀さおり。旦那も最後まで見たいところだけど朝が早いのと「血圧」が心配なのでドラマの途中で立ち上がって寝室へ向かった。「見たいなぁ・・・」とボソッというのがかすかに聞こえた。

4人の娘は皆家を出て独立してやってる。
おばあさんに先立たれた80歳を迎えたたおじいさんが1人で生きてゆく様を描いたドラマ。
娘・近所の人・孫たちとの人間模様のなかでおじいさんは台所も洗濯も全ての家事をこなしてゆく。台風の時は体を張って若木の桜の木を守る・・それを見ていてブラブラしていた20歳の孫が「大学はやめて、植木職人になる」と決心する。

おばあさんに話しかける一人ぼっちの大晦日。
「人は己の意思とは関係なく生まれ、己の意思に反して死んでゆく。なぁ、ばあさん!こうして一人ぼっち。人は皆1人なんだねぇ・・」とおばあさんの遺影に話しかける。

「家族で一周忌を迎えたその席で
「来年もこの家で桜が見たい。またご迷惑かけますが一人でやって生きたいです。」とおじいさん。
嫁に行ってない三女が「私の生活の注意を聞きますか?」と冗談ぽく言う。
笑いながら皆でおじいさんが1人でやってゆく事を応援する。

ドラマは此処でお・わ・り。

いいドラマでした。
この様にいい間隔で他人や家族と接しながらあくまでも己の手で生きてゆく。
強がらず、弱音もはかず、適度に助けられながら・・己の感性のまま生きてゆく。
何と、理想的な老後だろう・・・

私も出来るだけ己の手で生きて生きたい。だからと言って意固地にならず他人さんや家族の助言を素直に聞ける・・受け入れられる年寄りになりたい・・・
そして、なによりも我が家で住みつづけたい。
何時も旦那とそう、話している。我が家で住み続けて最後を迎えたいねっ・・と。
マダマダと~~い話ですが・・

まずは健康管理から・・・かなぁ?
若者よ!たのんまっせ!!
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中国の三江の少数民族の老人である。編み笠のような帽子を被り、口にはパイプたばこをくわえて悠々たるものだ。今はどちらかいうと、若者、子ども中心の社会かもしれない。経験よりも、派手さ、変わり身、そして勝ち馬に乗れの時代である。老いゆくもの、負けゆく者には厳しい。老害は困るが、老人がゆったりと、そして毅然として暮らす社会が健全だと思う。

森信雄の写真ーープログよりお借りしましたーー
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by fumiyoo | 2007-05-04 23:28